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インターネットWeb2.0時代の
市民活動
インターネットが市民活動をどう変えていくのか?
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<編集前記>
新年度に遅れて特集が更新されましたことをまずお詫び申し上げます。どうも準備が悪く、思いつきやその場でのコラムのような感じの言いたい放題で反省しているのですが、今年も特集を任されることになりましたので、お付き合いいただければと存じます。
今年のこのサイトの特徴とも言うべき大きな変化は、各カテゴリー別に特集記事が掲載されることになることでしょう。「その他」のジャンルを含めると
16項目の特集が組まれ、読み物としても充実したサイトが運営されるのではないかと期待できます。しかし、仕組みは作ったとしてもその中身(コンテンツ)は、このサイトを利用していただく皆様の情報発信力にかかっています。登録団体の皆さんのご協力はもとより、市内の市民活動などを取材していただける「市民記者」を募集していますので、ご自分の得意分野や活動分野の連載でも単発でも結構ですので、ぜひ、ご参加ください。みんなで作る市民活動支援サイトを目指したいと思います。各特集の編集会議そのものが市民の情報推進委員会活動のように発展できればもっと活性化し、もっと面白い活動になるのではないでしょうか。
それでは、そうした思いを込めて今月は「市民活動支援とインターネット」に関連した内容の特集としますので、ご意見などありましたら、これもどしどしお寄せください。
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インターネットのバージョンアップ=Web2.
◆皆さんは「Web2.0(ウェブニーテンゼロ)」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
それこそインターネットで検索すると
『WEB2.0とは何か?
ブログに代表されるように、これまで情報の受け手であったユーザーが情報の発信者へとシフトし、インターネットの世界ではユーザー参加型のモデルが広まってきている。また情報の発信者が増えたことで、「コラボレーションによって、より有益な情報が生み出される」という、現象も起こりつつある。この様な次世代Webの現象を総称してWeb2.0と呼んでいる。
つまり、Web2.0は単一の技術やキーワードを指すのではなく、いくつもの要素が折り重なりパラダイムシフトが起こっていく中で、誰しもが感じていたインターネットの変化をTim
O'Reilly(ティム・オライリー)氏らが言葉で表現したものなのだ。2005年9月に同氏が発表した論文「What Is
Web
2.0」(副題:Web2.0とは何か 次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル)の中で、次世代インターネットを象徴する言葉として紹介されたことで注目されるようになった。』といった説明が出ている。
◆これではよく分からん、という人のためにもう少し詳しく説明しよう。
まず「Web」という言葉を考える前に、インターネットの世界でよく知られた「www」というのがあるが、これは「World(世界
・ワールド)」「Wide(広い・ワイド)」「Web(くもの巣・ウェブ)」という世界中に張りめぐらされたパソコン、あるいはホームページのネットワークといった意味だ。ここから
「Web(ウェブ)」のことを「ホームページ」と考えていい。「サイト」も同じ意味だ。つまり、「ホームページなどのインターネットの世界での水準・基準(バージョン)が第1段階から第2段階(2.0)へ進化したよ
」というのが今話題の「Web2.0」という訳だ。
◆ではインターネット、ホームページの世界がどう進化したかということになるが、もともと「情報」と「メディア(媒体)」は密接に発展してきた訳で、人は何か伝えたいこと(情報)を言葉や文字で、あるいは芝居や踊りや絵画などで表現してきた。この表現する方法が「メディア」とも言える。そして、広く、世界にどうやって伝えられるかということから、新聞、ラジオ、映画、テレビといった「マス(大衆への)メディア」が発展してきた。
◆この「マスメディア」と「インターネットメディア」とは何がどう違うのだろうか。まず、マスメディアは大資本の企業が握っている。国の政治や権力が利用することもあり、だから放送倫理や中立・客観・公正報道主義といったメディアの独立、民主主義を守る闘いの歴史もあった。しかし、ネットの世界では同じことがほんの小さな資本や企業でできる。通信や接続業者に支払うのは
主に通信費などで、インターネットは無料が原則になっている。いまや個人の作業でパソコンとインターネットがあれば、大会社と同じ効果を生むことが可能になったのだ。1人でラジオやテレビ製作ができ、映画を作ることが出来る。新聞が一千万世帯に普及するのに百年かかったとすれば、ラジオ、テレビが30年という。それをインターネットはわずか数年で広がった。郵便のDMを百万世帯に送ろうとすれば莫大な費用がかかるが、インターネットのメールではわずかに3分間の電話代にも満たない費用で可能だ。
◆だからインターネットの普及は世界を大きく変えつつある。中小企業が大企業に勝る。マスメディアにミニコミが勝つ場合も出てきた。ネットだけの演歌歌手や携帯メールからの作家が生まれたりもしている。しかし、これはネットという技術的な媒体の登場が世界を変えているだけでなく、その考え方が人々の思想やスタイルに影響を与え、また人々の考え方の変革が先行して様々な媒体を変えているという意味で相互作用を及ぼしていると捉えるべきだろう。
新しいコミュニティが強化される道具としてのIT(情報通信技術)
◆コミュニティの歴史はその閉鎖性の打破でもある。近親相姦まで行かなくとも閉鎖された共同体は暗黒の中世史を連想させる。その反対に流動化された近代都市は
、人間関係をバラバラにし、その孤独感から安定的なコミュニティを求めさせる。ひとつのコミュニティの中にどれだけの人材と情報があるか
、それでコミュニティの強さが計れる。花嫁を略奪しなければ古代の共同体は存続できなかったが、今でも情報
をどれだけ収集できるか、情報はは広く世界を駆け巡り、そのことで政治・経済は動いている。近くの町に同好の志がいなくても全国レベルで探せば数千人が登録しているサークルがある。同志を求めて人は情報交換を行なう。それらのつながりをオタクのネットワークと呼ぶことも可能だろう。血縁や地縁でなく、ネットの世界だから可能なコミュニティも存在している。
◆ネットの普及以前から現代は情報化社会である。ミニコミ誌やタウン誌、オタクの同人誌の交換会は武道館などの大会場に全国から仲間を集めた。インディーズと呼ばれる素人バンドが1万人の観客を集め、メジャーデビューを実現するなどの現象が現実的な動きとしてあった。口コミはマスメディアのような外部媒体がなくても、「仲間」を通じて広がる。そこに活用されたのがネットに代表される現代のIT(情報通信技術)だろう。ポケベルから始まり、携帯電話やメール、2チャンネルなどインターネットの広がりはそれらを加速させている。それは個人の情報をあっと言う間に世界に広げ、しかも匿名性という権力の管理になじまないスタイルで守ることもできた。実体がなくてもバーチャル情報が仮想現実を作ることも簡単で、男性や女性、人種や民族の壁もなくすこともたやすい。バーチャルな現実の中に理想社会を作ることもできる。だが、それがゆえのトラブルやネット特有の問題や被害も横行した。
◆そこで、最近では匿名性を排除、バーチャルだけで信頼のない情報が敬遠され、「ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)」と呼ばれる「社交的仲間の交流」といった新しい人間関係を再構築している。それは一方でインターネット以前のそういったリアル(現実的)な土台があったからといえないだろうか。ネット利用
の以前と以後で人間の現実が、メディアに影響を与える。つまり、どんなにメディアが高度になろうが、そこにそれを活用する情報を発信する人間がいなくてはならないということだ。結果的に、メディアの発展が、人間の再組織化によってより高度に発展するという相乗作用が出てきた。これがいわゆる「Web2.0」ということなのだろう。言い換えれば、「Web2.0」とはインターネットを市民活動として、再度、コミュニティの発展に貢献できるために
、インターネットを進化させてきていることを表している。それは、コミュニティ再生の有力な武器になる。
◆具体的に言えば、「Web2.0」以前のホームページやインターネット活用はまだまだ難しく、Web制作者や会社に依頼しなければなかなか素人がすんなり出来るものではなかった。マスメディアと同じように誰かに依存する傾向があった。そのためにどうやって簡単にみんなが情報発信しやすくできないかを研究することになった。メディアが大資本や特定の人間でなく、誰でもが自由に情報発信できるためには何が必要か、メディアの解放にポイントがあったと言えるだろう。
ブログはその意味で優れているのかも知れない。当然、様々な人間が参加するリスクや新しいルール作りが必要になるだろう。
多様なホームページのCMS(作成支援システム)の進化
◆私は政府の「eジャパン構想」の流れでeジャパン協議会eコミュニティ推進委員会の一員として「コメット」という簡易のホームページ作成のコンテンツ・マネジメント・システム(CMS)研究に携わったことがある。ホームページの初期の頃は、行政も企業も制作会社に依頼して、テレビやラジオのように多額な費用で情報発信をしていたが、それでは情報量と予算の関係で継続できなくなり、ラーニングコストを抑え、スピーディに自分たちの部署から直接発信できないかという動きになった。それがCMSの開発である。
◆学校などでも一部の熱心で理科系などHTMLといったプログラムがわかる先生がいるとホームページが充実して、その先生が転校したら半年間もほったらかしになったという状況があちこちで見られた。今では同じ低価格のエディタ(編集用ソフト)を共有してみんなで作ったり、CMSを導入して情報発信している
学校、会社や自治体も増えている。ちなみにこの市民活動支援サイトもそのひとつである。しかし、それでもホームページは情報発信する強い意思やテクニックがないとなかなか作り続けるのは難しい。製作に時間がかかる。写真加工や文字加工、最終的にはHTMLといった言語がわからないと苦労する。それが「Web1.0」の限界だったのだろう。
◆そこで登場したのがまずブログである。これが「Web2.0」の代表として、次ぎ次に情報技術の世界にバージョンアップの仕組みが登場している。ここではいくつかの「Web2.0」の代表、ブログ、SNSやウィキペディア
(百科事典)、そしてYouTube(ユーチューブ)と言った最近話題のものを紹介しておこう。これらが今後の市民活動にどう影響していくのか、この特集を資料にみんなで考えられれば幸いだ。今でも数社からCMSは販売されているが、圧倒的には無料のブログが急速に広まっている。インターネットの世界では圧倒的なシェア(市場流通)とその他大勢という意味で、広まったもの勝ち、みんなが使うことで標準化されることになる。
◆「Web2.0」の代表がなぜブログか、従来のホームページとブログの違いはなんだろうかといえば、それは「簡易性」だろう。そもそもブログとは、この市民サイトのようなどこかの会社の開発したCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)のひとつが、その使いやすさから普及がはやく、デファクト・スタンダード(業界での標準規格)として定着したと言える。それから言えばこのサイトのようなCMSは今ではもはや時代遅れで、操作も難しく汎用性がない特殊なものになりつつあると言える。時代のスピードに追いつかない。
ある街ではブログの集合サイトを採用しているものもある。
なのになぜブログの集合サイトにならないか?それが行政が関与する手続き上のロスとして、市民活動と行政の協働での事業の課題でもあると捉えておこう。わずかこの数年で世界は大きく変化している。時間的スピードはコスト削減からも行政組織の大いなる無駄と考えれば、何にでも即対応できる組織作りが重要であり、それを可能とするのも市民活動との協働という行政にとってのメリットもあるはずであり、こうした経験の積み重ねで行政組織そのものがリエンジニアリングされることを期待したい。コストから考えれば、市民やNPOを行政の下請け化するより、行政が市民側にあわせるスタイルの協働が望ましいのではないかと思うのだが。(また脱線してしまったか?)
ブログがネット社会を変えた
◆さて、もともとホームページとは、世界共通のプログラム言語ともいえるHTML(ハイパーテキストマークアップランゲージ)によって文字や画像をネットの世界で公開する仕組みなのだが、その言語に変換できる仕組みを、エディタ(編集ソフト)やCMSで簡単にしようとしてきた。コンピューターが二進法の機械語でできているものを、ベーシックやC言語といった翻訳プログラム言語で人間の言語に近づけているのと似ている。ブログはそうした簡易のホームページ作成の仕組みから成り立ち、ワープロが使えるレベルでホームページ(Web)として日記(log)を公開してきた人たちが、無料の道具として提供してきたことで世界的に普及している。Weblog(ウェブログ)が短縮されて「blog(ブログ)」と呼ばれている。その詳細は早速インターネットから検索して「IT用語辞典」で調べると次のように紹介されている。
少し長いが引用しよう。
『個人や数人のグループで運営され、日々更新される日記的なWebサイトの総称。内容としては時事ニュースや専門的トピックスに関して自らの専門や立場に根ざした分析や意見を表明したり、他のサイトの著者と議論したりする形式が多く、従来からある単なる日記サイト(著者の行動記録や身辺雑記)とは区別されることが多い。
また、CMS(コンテンツマネジメントシステム)としての側面を重視し、時系列にページの自動生成する機能や他のサイトの記事との連携機能(トラックバック)、コメント機能などを備えたブログシステムで運営されているものはすべてブログだとする立場もある。
インターネットの普及につれて、多くの人が個人のWebサイトで日記をつけ始めたが、Web日記は紙の日記と異なり、その内容が広く一般に公開されており、ほかのサイトからリンクされたり論評されたりする。また、電子メールなどを通じて著者と読者がコミュニケーションをはかったり、特定のトピックスについて電子掲示板で多人数で論議することも容易である。
そうした環境の中で、Web日記は独自の進化を遂げ、それまでの個人サイトでもない、紙の日記でもない新しいメディアとして台頭した。そうした新しい形式の日記風サイトを指す言葉として「Web」と「Log」(日誌)を一語に綴った「weblog」(ウェブログ)という言葉が誕生した。現在では略して「blog」(ブログ)と呼ばれることが多い。
ブログでは個人の行動の記録は重視されず(一切載せないわけではない)、世相や時事問題、専門的話題に関しての独自の情報や見解を掲載するという形式が主流となっている。また、ネット上で独自に見つけた面白いもの、変なもの、スクープなどを紹介し、そこにリンクを張って論評したり、街で見つけた話題(ネタ)を紹介するという記事も多い。大きな事件や事故が起こった際に、地元の人や関係者、目撃者などが自分のブログに知っている情報を掲載することで、メディアを介さずに「生の」情報が流通するという事例(イラク戦争時にイラク人の男性が公開していた「バグダッド日記」など)も見られる。
多くのブログには読者が記事にコメントを投稿して掲載できる掲示板的な機能が用意されている。また、別のブログの関連記事へリンクして相手の記事に自分の記事への逆リンクを掲載する「トラックバック」という機能もあり、興味や話題ごとに著者同士や著者と読者によるコミュニティが形成されている。最近では、ブログによる「口コミ」で情報が広がり、マスメディアが後追いでそのトピックを取り上げるという現象も起こっており、そういった面からもブログは新しいメディアとして注目されている。
アメリカでは「Blogger」や「Movable
Type」といったブログ運営支援サービス・ツールが普及しており、ブログを簡単に開設し、記事を追加・更新できる環境が整っている。日本にも似たような形式のサイトが数多くあり、「個人ニュースサイト」または単に「日記サイト」などと呼ばれているが、これはアメリカで産まれたブログを導入したものではなく、独自に発生・進化してきたものである。日本の一部のネットコミュニティでは、アメリカでブログが注目される以前から個人ニュースサイト文化が定着していたこともあり、「ブログ」と呼ばれることを嫌うサイトオーナーもいる。
』
◆どうだろう。お分かりいただけただろうか。このブログの登場で、市民活動にとって、ガリ版刷りや謄写版、チラシや市民FMラジオ放送など広報が飛躍的に簡易なホームページで発展し、特別なメディアがなくてもネット環境のあるパソコンがあれば、誰でもがすぐにホームページという形で情報発信できることになった。ただ読むだけの市民が、誰もがいつでも自立的に情報発信できる道具を持つことになったのである。ブログは市民が自由に情報を
発信、収集し、意見表明でき、また意見交換できることで、市民活動を活性化する大きな革命を起こしている。そこでこのブログを活用することで市民活動を活性化する方法を考えることが重要になる。情報発信する市民をいかに多く養成できるか。活動を表現し、情報として発信できるスキルが、これからの市民活動には大切になっていると考えている。
インターネット活用による社会的ネットワークの再構築
◆次に、SNS(ソーシャルネットワーク・サービスまたはシステム、サイト)についても簡単に説明しておこう。これには「社会的ネットワーク」という考え方とそれをインターネットで活用したという二つのことが意味されている。
早速、これもインターネット検索してみよう。今度は後で再掲するフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの出典で観てみよう。
『社会的ネットワーク(しゃかいてきねっとわーく)とは、ちょっとした知人関係から強い家族のつながりまで、様々な社会的文脈(隣接性)でつながる個人間の関係を表した概念地図である。社会的ネットワーク分析(ネットワーク理論)は、近年の社会学や人類学、組織論といった学問分野において、ポピュラーな推論・研究であると同時に、有用な方法として台頭した。この分析によって、それが家族から国家まで様々なレベルの問題に適用でき、問題解決への道を示す重要な役割を果たし、組織が運営され、どの程度個人の追求する目的が果たされるのか、多くの研究者によって論証されたのである。
この社会的ネットワークから派生した分析概念として、都市社会学には、個人を中心として他者とのネットワークを考える「パーソナルネットワーク」という理論も存在する。また、最近の社会学や政治学においてはソーシャル・キャピタル(社会関係資本)と関連する概念として捉えられることが多い。
日本において、英語読みで「ソーシャルネットワーキング」と言った場合、友人間やビジネスマン同士、その他個人間の交流を支援するツールが提供されているインターネット上でのサービス(サイト)のことを指す。
』
◆ちょっと難しいだろうか。簡単に言えば従来の血縁、地縁、職場のつながりなどのコミュニティから外れて趣味やサークルなども含めて新しい個人的なつながりが、地域社会を活性化するような新たなコミュニティが作られていること。それが以前の、例えばイギリスの貴族の社交界のような「集まり」「仲間」の再生のようなものから、同窓会や親父の会、保護者会のような単位で広がっている。
コミュニティは人間の集合体であり、気の合う仲間によって作られるのが理想である。そうした新しいコミュニティ作りが社会的ネットワークであり、コミュニティが求める人材(財)のつながりが社会的資本(ソーシャル・キャピタル)としてのポイントで、そのための地域情報が重要になっている。それにインターネットが大きく関与している現象と考えればいいのではないだろうか。具体的には、日本で、2004年3月にサービスを開始したmixi(ミクシィ)という会員制サイトを筆頭に、様々なソーシャルネットワークが存在している。いわゆる「出会い系サイト」との違いを説明するために、日本では「知り合い系サイト」という通称が用いられることもある。
それは会員制で、会員からの紹介がないと入れない、実名であるなどいくつかのコミュニティ・ルールがあり、言ってみれば電子(e)町内会のような感じだ。
昔の社交界にデビューする若き貴婦人のように、身元がしっかりした安心の集い、それがSNS(ソーシャル・ネットワーク・サイト)だ。
みんなで叡智を結集させる百科事典
◆こうした情報を私は先ほどからインターネットを活用して調べている。今使ったのはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』というものだ。今回の主題である市民が自由に情報を収集したり発信したりする一番いい例がこれかも知れない。
◆皆さんはパソコンの基本システム、いわゆるOS(オペレーティングシステム)にwindows(ウィンドウズ)というマイクロソフト社のものとLinux(リナックス)という無料のものがあることをご存知だろうか。このOSを世界的に独占したことでマイクロソフト社はビルゲイツという個人を含めて世界的な億万長者にしている。これに対してLinuxとは世界中の研究者や開発者が無償で
その知恵を提供し、協働して進歩させてきたOSである。1人の独裁者による帝国主義と、沢山の協力者が集まっての民主的連合との差としてマン画チックに表現されることもあるが、
現実にはwindowsのマイクロソフト1社の標準が世界的な基準になったことでデファクト・スタンダードと言われている。それは欠点もあるが、スピードアップという面では多分メリットが大きいのかも知れない。
◆確かに商品開発としては多額な開発費をかけた企業が優位である。しかし、人間の知識やコミュニティのあり方としては、実は効率的、演繹的な帝国主義が優位とは限らない。多様で他方向、多角的な世界では帰納法的な情報収集が必要である。
世界は広く、地球上にはまだ知られていない多様な生物が存在し、宇宙に至っては発見されていない存在の方が多いくらいだ。日夜、それを探すオタク的な研究者がいるのも多様な人間の活動の広さであり面白さでもある。そこでOSでのLinux版ともいうべき百科事典がフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』である。つまり、どこかの出版社版の辞典のように著者権がなく、市民研究者が自由に情報を提供すると共に活用ができる辞典である。この方法によってどんどん生まれてくる新しい情報が日々更新され、最新版の人類の叡智が結集される最高の百科事典に発展する可能性がある。同じように自分がわからないことをサイトに投げかえると知らない人たちがあっという間に答えやアドバイスを寄こしてくれるというネット社会特有の知識収集方法のひとつとも言えるかも知れない。こんな便利な百科事典をぜひ活用してみてはいかがだろう。
◆この百科事典のあり方は、専門家を巻き込んだスピーディーな民主主義的なコミュニティを新たに形成する手段としても取り上げられている。
解決しなければならない地域課題を投げかける。すると早速、その解決策やアイデアが集まり、実行部隊のボランティアが集結する。例えば地震の被害地への救援はこうした方法が既に活用されている。既に宇宙船地球号の存在が人類の叡智を結集しなければならない秒読み段階に入ってきた現代において、広く多様な情報を一気に集中させるには、人類の全ての人材をどう効果的に活用できるかとい問題でもある。情報を共有するということは、1人の人間の知識をだれにどう伝えていくか、伝わりながらより進化し、深化していくかという相乗効果のプロセス(過程)の問題でもある。コミュニティとはそもそも暗黙知の共有を前提として成り立つ人間の集まりでもある。ムラ、くに、共同体、国家といった枠組みを越え、「人類」「地球人」としてのコミュニティを自覚できるかは、こうした協働作業の中からしか生まれないのかも知れない。
文字文化の復権から再びビジュアル化へ
◆最後に、もうひとつの視点からのバージョンアップを提起してこの特集を終わることにしよう。インターネット活用が、マスメディアの映像文化主流の中で、実は「文字言葉」の復活であったことことは皆様も納得だろう。インターネットの普及は、手紙や新聞などの文字情報の文化から音声や視覚というビジュアルメディアへの発展であったメディアの歴史を
、再び文字情報へと逆行させた。メディアは「百聞は一見にしかず」の通り、文字より音声、音声より映像の優位性としてテレビ文化の全盛を迎えていた。しかし、そのビジュアル全盛のマスメディアからネットの普及は、メールやチャットといった文字文化への回帰、より新たな展開を作り出した。ワープロの文字変換、ポケベルや携帯メールでの顔文字など、従来にないネットメディアを作り出してきた。もちろん、Web2.0の進化においても、ブログやSNSでも文字情報が主流であることには今のところ代わりがない。
◆ところがここへきてスカイプといった無料のインターネットテレビ電話や低価格で手軽なテレビ会議システムが登場してきた。
自分のパソコンにWebカメラとマイクなどをつなげるだけで、テレビ電話や出張せずに会議が出来る。それどころか今話題なのがYouTube(ユーチューブ)という無料のテレビ画像配信だ。Web2.0が一般化している現在、世界中でもっとも注目を集めているサイトとも言えるだろう。「Broadcast
Yourself.(自分を放送せよ)」というキャッチフレーズで、自分のパソコンの動画ファイルを世界中に配信できる。つまり、自分で映画やテレビがアップロードできる仕組みと言える。昔は自分の音楽を売り込むのに、テープレコーダーでデモテープを作って音楽会社に送ったものだが、最近ではストリートミュージシャンのように自分でステージを企画したり、今や自分のビデオクリップを世界に配信することもできるようになった訳だ。
◆文字文化はインターネットの世界でリアル(現実)をだますバーチャル(仮想)を可能にした。むしろバーチャルの優位性を示していたかも知れない。他人や女に成りすましたり出来るのは「文字」という抽象化された情報がゆえだった。しかし、これからの映像の情報技術はリアル(現実)な実像を伝えやすい。それはインターネットをより現実的な活用へと導くだろう。人間関係が再びビジュアルな世界に結び付けようとする。文字の中での夢想は、
映像の無料配信でより簡易にリアルなテレビスターを登場させることが可能なのだ。
バーチャルな世界でなく、より身近で必要な地域情報 を配信する。マスメディアの世界では絶対的なスーパースターが生まれないといわれる時代、これからはあなたの街のスターが誕生する。そうした身近で手に入れやすい情報がコミュニティの活性化に役立つ時代が来るのではないだろうか。
Web2.0が市民活動を進化させるか
◆市民活動にとっても情報をどう伝えていくか、様々なメディアを手に入れることで活動そのものが変化することもできるだろう。インターネットの活用でおそらく市民活動は大きく変貌するのではないだろうか?eデモクラシーの時代は、果たして私たちの想像力が追いつくのだろうか。
市民活動にとって何が一番大切なのだろうか。政治家や専門家、マスコミといった情報提供者が信頼できるか。Web2.0の登場によってますます情報社会は多様化し複雑化する。あふれる情報過多社会の中で必要で有用なものを選択し、判断する力は同じように進化しているのだろうか。
◆ここでひとつの問題意識を提起しよう。元アメリカ副大統領のゴアの『不都合な真実』が話題だが、4月15日の毎日新聞の書評で養老孟司は、ゴア自身の不都合な真実に触れていた。それは出版や新聞などのメディアに対する記者や著者の自己規制ともいうべき潜在的なプレッシャーとも言えるだろう。養老はゴアの明瞭な主張の裏側にあるもの、「多くの人の利害に関わる問題では、政治家がなにをいうか、その内容自体が重要なのではない。なにを『いわないか』が重要なのである。自分が原稿を書くことを考えてもわかる。問題が起きそうなことはいわない。いっても、新聞なら削られる可能性が高い。ゴアは本書でなにをいわなかったか。私はそれを考える。」という。
インターネットでは会社や編集者の介入がなく、直接的である。自由に自己責任で表現できる。しかし、だからこそ個人のクオリティ(質)が問題になるのだろう。
◆同じ養老が出演する新聞社のテレビCMで「知ることって何ですか?」という女子高生に「変わること」と答えるものがある。また、同日の新聞で「最後まで読んでくれた、あなたにありがとう。この新聞対談で知った話を、ほかのだれかに話してくださいませんか。そうすれば、この話を知るもう一人のあなたが生まれます。知ることは、学ぶこと、学ぶことは、世の中を変えること。」という広告が載っていた。つまり、声高に叫ぶ政治家やマスメディアをそのまま信じるのではなく、何を伝えようとしているのか、なにを表現していないかを自分の視点で考えること。そして、それを人に伝えてみよう、と勧めたい。そのために全ての人が簡単に情報発信できることが必要なのだ。
個人的には独断や偏見もあるだろう。しかし、みんなが意見を述べることでのコンセンサスを得ることは可能だと思う。代表者だけの時間切れのの多数決、お任せ民主主義ではない、一人ひとりの考えや意見を大切にした徹底的な議論、そして最後は十分に納得した「ムラの寄り合い」民主主義を作ることの可能性をWeb2.0はもたらしている。
◆戸田市では行政職員や政治家だけでなく、広く市民に参画を呼びかけて市民委員会や懇話会を設けている。他の市町村でもパブリックコメントなどが盛んになってきている。これはプロの作品に対して素人が意見を述べたり、素人が参画することでプロが陥る欠点を表ざたにする効果があると言えないだろうか。思わぬ角度からの素人や子供の指摘がより完成度の高い作品を作るとも言えるだろう。「裸の王様」の裸であるという単純な真実を指摘したのは利害のない子供だった。
◆つまり、あらゆることにしがらみある代議制でなく直接民主制を作ることを、このWeb2.0は要求する時代でもあると考える。私たちはメディアを手に入れることを実現した。しかし、それはそのメディアを使いこなす中身、自分たち自身の知的レベルのバージョンアップができなければ宝の持ち腐れだ。Web2.0時代の市民活動のスキルアップは、Web2.0の様々なメディアを使いこなすものと同時に、真実をお互いが情報交換することで探り出す能力、そのための情報を
受信し、発信する力の向上が不可欠なのだ。その意味で生涯学習こそ、民主主義のレベルアップに求められる。そうでなければ地球温暖化を含めて、迫る人類の危機を回避できる術はない。もう残された時間はわずかだ。
ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せ下さい。(Y) |