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ボランティア・市民活動支援センター開設1周年記念式典
◆戸田市のボランティア・市民活動支援センターが1周年を迎えた。 7月1日にその式典が行なわれ、ざっと五百人以上の市民の皆さんが参加するイベントが盛大に開かれて、まさに戸田市の市民活動の広がりとその拠点作りの幕開けを象徴するかのようだった。センター内にはITボランティアの会の準備したノートパソコン16台が所狭しと並べられ、会長の本郷さんが嬉々として対応し、お年寄りや障害者、子ども達が仲良く机を並べて学習していた。 テント村では焼きそばの屋台やエコライフDAYの地域通貨交換会で子ども達が集まり、中央舞台は戸田音頭のヒップホップなダンスやゴスペルのコーラスで盛り上がって、楽しい市民祭りといった雰囲気だった。午前10時、神保国男市長を招いて記念式典が挙行された。事実上のセンター長でもあり、今回の1周年記念事業実行委員会の委員長でもある社協の青塚さんは、開会挨拶の途中で万感迫る想いがあったのか思わず声を詰まらせた。それを脇で聞いていた若い市職員までもがもらい泣きする姿を見て、今まで携わってきた方たちの顔を思い浮かべると共に、ボランティアスタッフの方たちの成長、そして、今回、センターの愛称「TOMATO」(トマト:とだのまちでみんなともだち)に選ばれた方の「市民としてまだ数年ですが、活動を通じて素敵な仲間ができた」という「本物の市民になれた気がする」といった挨拶の中に、それぞれの思いが実を結ぶことのすばらしさを共感するイベントとなった気がする。本当に皆さんご苦労様でした。
ここで青塚さんの挨拶を紹介しておこう。
支援センター1周年記念 挨拶 
「ただ今 ご紹介に預かりました 青塚でございます。支援センターではスタッフリーダーを務めております。
昨年のきょうは、このセンター設立にご尽力を下さいました市民活動推進委員会の皆様と新しく仲間となったスタッフと、支えてくださるコミュニティ推進課の皆様、お祝いに来て下さった皆様という「知る人のみ知る」所でした。
そしてただ今 70の団体と個人10名の登録をいただけるようになりました。1年を迎えるにあたり組織されましたセンタースタッフと登録団体による実行委員会も月2回からこの2ヶ月は毎週という事務局泣かせのハードスケジュールを乗り越え本日を迎えました。おかげ様で、スタッフのコーディネーターの力量がアップされたと感じます。
本日発表されます愛称は、まさしく1年間歩んできましたこの支援センターが実をもって示してきたそのものでした。また1周年記念のキャッチフレ−ズもまた、支援センターが願っている、支援センターとの出会いで、一人でも多くの方の活動で「戸田が楽しく」なることです。
今後もスタッフ一同、皆様の活動を支援できますように研鑚し期待に応えられるように、皆様のご協力のもと歩んで行きたいと思います。終わりに 実行委員一同、ますます「戸田って楽しい」を実感できる日であることを願い また、ご協力を頂きました多くの方々に感謝をして、ごあいさつとさせていただきます。」
市民活動支援サイト部会の任務終了と協働の歴史
◆実は、センター開設1周年に先立って、市民活動支援サイト部会が同じ7月に2年間の任期を終えて閉会となる。部会が終ると同時に、このサイトも名実共に「支援センターサイト」という
ことで名称も統一されることになる。センター運営委員会からの「2年間ご苦労さん」という挨拶に、別の市職員から「市民サイトは委員会から含めると4年半ではないですか?」と言われて、そう言われれば戸田市の市民活動支援を、行政との協働で取り組み始めてから考えると実に5年に及ぶ歴史があることを思い出した。協働事業の第1号は半官半民の笹目コミュニティセンター「コンパル」なのかも知れないが、公民館でもなく、町内会館でもない「新しい市民の拠点を」構想し、そのネットワークの中で新しいコミュニティを醸成したいという様々なチャレンジが数多く誕生してきている。神保市長のパートナーシップという考えが、市職員、市会議員という枠の中だけでなく、
まちづくりに広く市民の懇話会や委員会が活用され、定着してきた成果といえるだろう。
もちろん、評価はこれからで、成功も失敗例もある。例えば「地域通貨で市民活動を楽しくする会(現在の地域通貨「戸田オール」運営委員会)」も4年以上の活動になる。てんぷら油のリサイクル事業
は、コミュニティ推進課、教育委員会、生活安全課、環境クリーン室、経済産業課と役所を横断してのプロジェクトのスタート
も、挫折して3年が過ぎたが、最近またぞろ復活の兆しも見えそうだ。市民活動サイトについても、コミュニティ推進課独自での今日のスタイルに落ち着くまでに、地域福祉計画の中での百人委員会やIT推進室、情報統計課、秘書公報課などを交えた折衝の努力が必要だった。
素人集団で時間はかかるが、胸襟を開いての話し合いの中から少しずつ動いてきたことを実感している。面倒な仕事は増やしたくないという市役所内部の抵抗勢力はもちろん今でも残ってはいるが、政治家による行政改革でない、市民による行政改革のモデルになりそうな動きも見えている。
恐らく将来的には、この協働の歴史が何よりの財産になるだろう。
成果は、構築物ではなく人材
◆そして、このもろもろの企画や歴史の陰には、先月の25日が三回忌だった元コミュニティ推進課長のM氏の存在があったことを忘すれてはならない。
だから新しい市民や市職員の方は知らないかもわからないが、面白い市職員がいたことを語り継いでおきたい。役所を変革し、職員をやる気にさせ、市民にパワーを与える行政マンがいたことを伝説にしたい。彼の葬式が下手な政治家以上、地元の名士といえどもこれだけの弔問者が集まるのかというものだったことだけでもそれを物語っている。彼は今でも私にとっては「市役所の星」なのだ。今、なぜ彼の記憶を呼び覚ますのかといえば、市民のネットワークや拠点作りに必要なのは、もちろん、成果としてのシステムや建物なのは当然なのだが、
一番大きな成果はそれに至るプロセス、
そして「信頼」し合う人間関係ではないか。大事なのは、いくつもの議論や懇親会、ワークショップやイベントの準備などの「共有する時間」、企画などのいわゆるコンテンツと、そういった時間を共有し、それらを体現するキャラクター、すなわち集う人間・市民なのだと言いたいのだ。「志民」といってもいいかも知れない。それは恐らく戸田市にとっての代え難い社会的リソース、つまり資産であり、財産なのだ。だから人材は人財といえるだろう。各局面や各団体には必ずといって鍵になる人材の存在がある。その人がいなければ事業そのものが成功したかわからない。例えば、男女共同参画センターのパソコン倶楽部の運営をするITボランティアのサロンのママ(と呼ばせてもらっている)にしてもセンターの青塚さんにしてもその人柄がいい。彼女たちのキャラクターなしにはこうした施設の運営は理想どおりには行かないだろう。陰に隠れて目立たない存在であっても、今でも重要な人物が日夜努力している。それを忘れてはいけないのだろう。それは立場が行政であれ、一般市民であれ、想いが同じであること、そしてホスピタリティ・センスの問題なのかも知れない。誰でもができる訳ではないのかも知れない。
人材を育てる「支援」と「理解」
◆だが、今回の記念講演の冒頭で平岩幹男先生は「支援」するには相手が何を求めているのか。まず「理解」がなければならないことを教えてくれた。専門家だけでなく多くの市民が理解することの重要性を語ってくれた。例えば中越震災で、被災者が困っているから、必要だからと一方的な思い込みから大量に送られたトイレットペーパーがあり余ったり、宿泊施設もないところに勝手にボランティアが溢れたりといった、かえって現地に迷惑をかけた実例を紹介した。講演は「発達障害の理解」という内容だったが、その前後に、今回のイベントが「ボランティア・市民活動」「支援センター」がゆえの「支援するもの」の中身や理解力を再考させると同時に、市民側にも住民自治やボランティアサービスを、「理解」する、あるいは民主主義そのものを再考させる大きなヒントをくれたように思う。前書きがとんでもなく長くなってしまったが、そのことを少し考えることにしよう。
市役所5階会議室では市の医療保健センターの医師でもある
平岩幹男先生の『発達障害の理解』と題する記念講演があり、
会場は100人を超す聴衆が熱心にメモなどとって聴いていた。
※発達障害とは成長の過程で見られる問題行動、コミュニケーション
や社会適応の問題を主とする障害。精神遅滞を伴わないADHDや
ASD(高機能自閉症)など、最近の学校や教育問題で話題になって
いる。詳しくは市の広報などに講演記録が別掲されると思う。
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